大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和53年(ネ)1507号 判決

控訴人

兼松興業株式会社

右代表者

長谷川兼松

右訴訟代理人

山田靖彦

被控訴人

橋口健一郎

被控訴人

旧氏・橋口

鮫島節子

右両名訴訟代理人

山下卯吉

外三名

主文

本件控訴を棄却する。

訴訟の総費用は、控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因事実は、当事者間に争いがない。

二抗弁について判断する。

1  本件譲渡担保契約について

〈証拠〉によれば、昭和四五年四月七日頃控訴人代表者と金との間に、控訴人が金に六三〇万円を貸しつけ、金が被控訴人らを代理して本件不動産をその担保に提供することとし、ただし、右六三〇万円については、内金二九〇万円を当時金が金融機関等に負担していた同額の債務を控訴人が代わつて支払い、内金七〇万円を金が控訴人に負担していた同額の債務と相殺し、残金二七〇万円を現実に交付することとする旨の譲渡担保契約を締結したことが認められ、〈証拠判断略〉。

また、本件全証拠を以てしても、須永が金と共に右契約を締結したとの事実を認めることはできない。従つて、須永については、以下代理権の有無を検討する要をみない。

なお、控訴人と金との間において、控訴人の金に対する二七〇万円の貸金を担保するために、本件不動産に譲渡担保権を設定する旨の合意が成立したとの事実を認めるべき証拠はない。従つて、控訴人と金との間に現実に二七〇万円の授受があつたか否かを問うまでもなく、被担保債権を二七〇万円とする譲渡担保契約の成立を前提とする控訴人の主張は理由がない。

2  代理権について

(一)  金が被控訴人らより本件譲渡担保契約を締結する代理権を授与されたとの事実を認め得る証拠はない(〈証拠〉を以てしても認め得ないことは後に触れる。)。

(二)  表見代理

(1) 民法一〇九条の表見代理

前掲各証拠によれば、金は、本件譲渡担保契約の締結にあたつては、控訴人代表者に対し、本件不動産の所有者である被控訴人らより同不動産を譲渡担保に供する代理権を授与されているから、これを担保として融資してもらいたいと申し込み、被控訴人らから須永を経由して金の手許にあつた被控訴人らの須永及び金に対する本件不動産を担保に供することの委任状、被控訴人らと須永との間の同不動産を担保として他から金融を受け入れることに関する契約書、同不動産の登記済権利証、被控訴人らの白紙委任状、印鑑証明書等を控訴人に交付して折衝したものであることが認められ、〈証拠判断略〉。しかして、右委任状には、昭和四五年三月二八日付で、被控訴人らが須永及び金に対して、本件不動産の適当な方法での売却ならびにその代金の受領、決済に関する件、同不動産を総額七〇〇万円の限度内で担保に差し入れる一切の件、同不動産で融資を受ける一切の件、以上に必要な一切の行為をする件等の権限を委任する旨の記載がなされており、また右契約書には、昭和四五年三月二七日付で、被控訴人らと須永との間に、被控訴人らは、須永が本件不動産を第三者に七〇〇万円の限度内で担保に差し入れることを認め、担保差入れの方法は、抵当権設定、譲渡担保その他いかなる方法でもよいが、極度額は予め双方協議して取りきめること、須永は、第三者との金銭消費貸借契約において、借入先、借入条件等を単独で任意に取りきめ得るが、借入金を受け取つたときは、被控訴人らにその限度で転貸融資するものとし、この場合の融資の条件は、第三者との間の金銭消費貸借契約の条件のままとすること、被控訴人らは、須永への融資者となる第三者に対して要請があれば須永と連帯債務者になること等の約旨の契約を締結したことが記載されている。しかし、右委任状及び契約書によつてみても、本件譲渡担保契約を締結するための代理権授与の表示を認めることはできない。即ち、右委任状については、本件不動産を担保に金借する場合の借主を金とするまでの授権の表示があるとみるのは困難であるのみならず、もともとこれらは、被控訴人らが須永に交付したいわゆる白紙委任状数通のうちの二通で、須永から金に金から控訴人に順次交付されたものであるが、本件全証拠を以てしても何人がこれに前記のような記載をなしたか遂に定め難く、まして金から控訴人に交付された時点でその記載がなされていたとの点は、これに副う〈証拠〉は、〈証拠〉に照らしてたやすく措信し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。また右契約書については、須永が自らの名で第三者から金借し、これを被控訴人らに転貸融資する方法で本件不動産を担保に利用する権限を被控訴人らが授与した表示はあるとみ得るが、その権限授与の相手方として表示されているのは須永であつて金ではない。従つて、これらの書面の交付をもつて、本件譲渡担保契約につき控訴人主張の民法一〇九条による表見代理を認めることはできず、このことは前記他の書面をあわせ勘案しても同様である。他に右主張を認めるに足りる証拠はない。かりに本件譲渡担保契約を締結する代理権授与の表示をうかがわせるものがあるとしても、後記(二)の(2)の(ⅱ)及び(四)に説示するところよりして、所詮控訴人が金に代理権があると信ずるについて過失があるといわなければならない。

(2) 民法一一〇条の表見代理

(ⅰ) 基本代理権

被控訴人らが、金に対し、二五〇万円を限度として第三者から新たに金借するために本件不動産を担保に供することの代理権を授与したとの控訴人主張事実を認めるに足りる証拠はないが、昭和四五年四月四日金に対して一八〇万円の融資方を申し込んだ際、同人において第三者より金借し、その債務について被控訴人らを代理して、第三者に対し、本件一の土地及び本件二の建物に買戻特約付売買の登記による譲渡担保を、本件三の建物に抵当権をそれぞれ設定できる旨の権限を授与したことは、被控訴人らの自認するところである、

(ⅱ) 正当の理由

金が被控訴人らの代理人として本件譲渡担保契約においてした行為は、明らかに右基本代理権を超える権限外のものであるから、控訴人としては、なお金にその権限があると信じ、かつ、そう信ずるにつき、過失がないこと、換言すれば正当の理由があることを主張立証しなければならない。

そこで、前認定のように、被控訴人らが須永を経由して金に交付し、金が本件譲渡担保契約に際し控訴人に交付した書類中に、前記の各委任状、契約書、本件不動産の登記権利証、印鑑証明書など本件不動産につき譲渡担保契約及びその設定登記申請をするために必要とする一切の書類が含まれていたのであるから、控訴人において金に右契約締結の代理権があると信ずるにつき正当の理由があるとすべきかが検討されねばならない。

前認定によれば、控訴人が金に六三〇万円を貸し付けるにあたり、内金二九〇万円は、金融機関等に対して負担する金の債務の代払い、内金七〇万円は、金の控訴人に対する同額の債務の相殺にあて、現実に金に支払うのは二七〇万円であつたというのでるから、その貸付金の半額以上が一応金自身の用途にあてられるものであることを控訴人代表者は当然に知つていたものと認めるべきであり、一方控訴人が右貸付けにあたり金から交付をうけた前記契約書には、本件不動産を担保に融資を受けた金員はその限度で(ちなみに、右契約書全体を熟読すれば、同書第四条にいう「限度に於て」の文言を控訴人主張のように融資を受けた金員の限度「内」ならば幾ばくでも自由の趣旨に解すべきいわれはなく、右は融資を受けた金員全額を意味するものと解すべきある。)被控訴人らに転貸融資をする旨が記載されているなど、本件不動産を担保とする資金の借入れを必要とする者は、もつぱら被控訴人ら自身であり、従つて、右のように借受金の半額以上を金自身の債務の弁済にあてることを予定してなされる前記貸借について、金がその担保のために譲渡担保契約を締結する代理権までを有しているか否かにつき疑問を抱いて然るべき事情があつたのであるから、金が前記のように、本件不動産の登記済権利証等を所持しているなどの事情があつたとしても、控訴人代表者としては、直接被控訴人ら本人に問い合わせるなどして、金の代理権の有無について調査すべきであり、これをした形跡のない本件においては、金に本件譲渡担保契約を締結する権限があると控訴人代表者が信じたとしても、特段の事情ない限りそのように信ずるにつき正当の理由があるということはできない。以上の点は、前出上告審判決の指摘するとおりである。

そこですすんで特段の事情の有無について検討する。

控訴人の主張する前出第六項(1)の事実は、これに副う証拠としては当審における控訴人代表者尋問の結果(第二回)以外にはなく、しかも右は、証人金在九の証言及び弁論の全趣旨に徴して到底措信し得ない。

同項(2)の事実は、これを認め得る証拠はない。前掲契約書等の書面を検討しても、被控訴人らが、控訴人主張のような広範な権限を須永や金に授与していたことはもとより、金に対して本件譲渡担保契約におけるような被控訴人らの分と同額以上の上借り権限を認めていたとすることも、これをうかがわせるに足りない。

同項(3)の事実中、被控訴人橋口健一郎が代表取締役である富士機械産業株式会社が額面合計二七〇万円の約束手形四通を振り出したことは当事者間に争いがないが、〈証拠〉によれば、これらは被控訴人橋口健一郎において、金からすすめられるままに、本件不動産の担保とは別個に、金に対して割引依頼のため交付したことが認められ、一方金がこれらを控訴人に交付した経緯については、原審及び当審を通じて控訴人代表者尋問の結果に一貫性がなく、結局右主張事実を認めるに由ない。

以上控訴人の主張するところはいずれもこれを認めるに足りず、他に前記正当の理由があるとするための特段の事情を認めるべき証拠は見出し得ない。

(三)  追認について

控訴人の前出第七項の追認の主張事実は、これを認めるに足りる証拠はない。

(四)  信義則について

控訴人が前出第八項で主張するところは必ずしも明らかではないが、信義則に基づいて被控訴人らの本訴請求が排斥せられるべきことを主張するものと思われる。

しかし、被控訴人らが本件不動産を担保に金融を策したのは前記富士機械産業株式会社の資金繰りに追われてやむなくしたことであるが、〈証拠〉によつて認められるところ、一般にこのような場合、融資者もしくはこれを仲介する者が複数介在することは珍しいことではなく、そしてこれらの者から求められれば、担保に供する不動産の権利証を始めとして、委任状、印鑑証明書等を多数交付せざるを得ないのが通常の事態といつてよく、被控訴人らのした前記書類の交付もその例外ではないというべきである。立退き承諾書なる書面も、〈証拠〉によれば、仲介に入つた高橋某から書くことを求められて被控訴人橋口健一郎が作成したものにすぎないことが認められ、とくにこれを反社会的行為とまで非難することはできない。他面控訴人は、その自認するように、金に対する自己の債権の回収を急ぐ余り、前認定のように、一挙手一投足の労ともいうべき被控訴人らに対する当然の問合せすら怠つたのであつて、このことは本件紛争につき看過し得ないところである。彼此勘案しても、控訴人主張のように、被控訴人らの責任をとらえて、本訴請求を排斥すべき道理を見出し難い。

以上控訴人の抗弁は、すべて理由がない。

三以上の次第であるから、被控訴人らの本訴請求は理由があり、これを認容した原判決は相当で本件控訴は棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条後段、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(林信一 高野耕一 石井健吾)

〔別紙〕

(控訴人の主張)

一 被控訴人らは、昭和四五年三月二七日ごろ訴外須永光一(以下、須永という)との間に、

(1) 被控訴人らは須永が被控訴人らの代理人となつて本件不動産を第三者に七〇〇万円の限度内で担保に差し入れることを認め、担保差入の方法は抵当権設定、譲渡担保その他のいかなる方法でもよい。

(2) 第三者との金銭消費貸借契約は、須永が当事者となつて行うものとし、同契約にもとづき借入金を受けとつたときは、被控訴人らにその限度で転貸融資するが、借入先、借入条件は須永が単独で任意に定められる。

(3) 被控訴人らは、須永への融資者となる第三者に対し、必要があれば須永のために連帯債務者になる。

との契約を締結した。すなわち、右契約は前記趣旨の範囲で信託か、少なくとも委任もしくは委任類似のものであり、その目的範囲内での本件不動産処分に関する代理権が被控訴人らから須永に与えられていたことになる。

二 被控訴人らは、その後間もなく金沢卓弥こと金在九(以下、金という)との間にも、右須永におけると同様の契約を締結し、同人に対しても本件不動産につき同様の代理権を授与した。もし金が被控訴人らから直接右代理権を授与された事実が認められなかつたとすれば、被控訴人らはかねて須永に対し同人に与えたのと同様の代理権をさらに他に授与しうる権限を与えており、須永はその権限にもとづき金に右代理権を授与していた。

三 控訴人は、昭和四五年四月七日頃須永および金または金に対して六三〇万円(または少なくとも二七〇万円)の金員を貸しつけるとともに、須永および金または金は、被控訴人らより授与された権限の範囲内で同人らの代理人として右債務の譲渡担保として本件不動産を控訴人らに譲渡したが、同担保権の内容は、被控訴人ら、須永、金のいずれかより右貸付金を返済したときは、本件不動産を被控訴人らに返還するというものであつた。

四 被控訴人らは、右一および二の代理権限を須永および金または金に対して授与した旨を、その旨の委任状、印鑑証明書、本件土地登記済権利証、その他多数の白紙委任状等を同人らに交付することによつて、同人らが右各書類を用いて取引の相手方とした控訴人に表示したのであり、須永および金または金の右三の行為は右表示された代理権の範囲内のものである。

五 仮に須永および金が前記代理権を有しなかつたとしても、被控訴人らは須永および金に対し、同人らが二五〇万円を限度として第三者から新たに金員借入をするために本件不動産を担保に供することの代理権を授与していたところ、右両名はその代理権限を超えて同人ら自身の控訴人に対する既存の借受金債務のため、本件不動産に売渡担保権を設定した。このように須永および金は、その代理権限を超えて自己の控訴人に対する既存債務に担保権を設定したのであるが、控訴人は右両名において前記の行為をする代理権があると信ずるにつき正当な事由があり、しかも善意無過失であつたから、被控訴人らは民法一一〇条の表見代理の法理によつて右両名の行為につき、その責に任じなければならない。

六 仮に右の事実が認められないとしても、被控訴人らは昭和四五年四月一五日ごろから同月二〇日ごろまでの間、控訴人方を訪問した際、控訴人に対し須永らの前記処分行為を追認する旨の意思表示をした。

七 被控訴人らの後記当審における主張第二項のうち、その主張にかかる代理権の消滅および控訴人に故意または過失があるとの主張は否認する。

(被控訴人らの主張)

一 控訴人の前記当審における主張第一ないし第四項の事実は否認する。

二 同第五項のうち、被控訴人らがもと須永および金に次の内容の代理権を授与していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

被控訴人らは、昭和四五年三月二六日、須永に対し二五〇万円の融資方を申し込むにあたつて、同人において被控訴人らを代理して第三者に対し本件一の土地および本件二の建物(以上は引用にかかる原判決の略称)に買戻特約付売買の登記による譲渡担保を、本件三の建物(引用にかかる原判決の略称)に抵当権をそれぞれ設定できる旨の権限を授与したが、須永において同年四月四日右融資を断つてきたため、その時点において右融資の約定とこれに伴う前記代理権が消滅し、仮にそれが認められなくても、被控訴人らが控訴人と直接折衝するようになつた同月一四日に右代理権が消滅した。

次に被控訴人らは、昭和四五年四月四日、金に対しても一八〇万円の融資方を申し込んだ際、前記須永との間におけると同様の条件による代理権を授与したが、金は同月一一日右融資を断つてきたため、その時点において右融資の約定とこれに伴う前記代理権が消滅した。

控訴人は、右のように被控訴人らが須永および金に授与した代理権消滅の事実を知つており、もしくはこれを容易に知りえたのに不注意によつてこれを知らなかつたのであるから、その主張にかかる表見代理の関係が成立する余地はない。

三 仮に控訴人が被控訴人らから須永および金または金に授与された前記代理権の消滅を知らなかつたとしても、現実に須永および金または金が控訴人との間になした取引は、明らかにその権限を逸脱したものであるため、表見代理の成立は認められるべきではない。すなわち、被控訴人が原審で再抗弁として主張したほか、控訴人において被控訴人らが須永にその主張にかかる権限を与たことを立証するという契約書によると、須永らが本件不動産を利用し他から金員を借り受け、それを被控訴人らに交付するならば格別、金の控訴人に対する既存の債務と相殺し、あるいは金が銀行に対して負担する債務を肩代りさせるなどの所為に及ぶようなことが許されないことは明らかであり、須永らの所為がその権限を逸脱していることは、前記契約書の記載内容と比較すれば容易にこれを知りうるところであるから、控訴人は須永らの権限逸脱を認識していたものというべきである。仮に控訴人がその事実を知らなかつたとすれば前記のような諸般の事情に照らし、それを知らなかつたことに過失があるといわなければならない。

附 原審再抗弁事実

控訴人は、須永および金に被控訴人らを代理する権限を有しなかつたことを知つていたし、仮に知らなかつたとしても、知らないことにつき過失があつたものである。

すなわち、長谷川は当時、須永および金と親しい間柄にあり、いわば同業者的な間柄にあつたうえ、とくに金とは同じ場所に事務所をかまえ、同人と共同で不動産ブローカーないし不動産金融などをなし、被控訴人らに対し「金の言も長谷川の言も同一である。」旨述べていたものであるから、同人らから事の真相を述べられていたものである。

また、委任状には、控訴人主張の如き代理権を授与したかのような記載があるが、そのうち、委任状と書いた標題部分および委任者の住所氏名部分と委任事項を記載した部分とは、全く筆跡が異つていること、委任の内容も、売買担保差入れ、融資と異なつたものが雑然と記載されており、矛盾していること、右の委任状の他にも多数の委任状その他の書類が添付されており、通常の取引行為とは考えられず、かえつて不自然な感じがすること、そして、控訴人代表者は不動産ブローカーないし不動産金融をしてきたこと、被控訴人ら本人に対し容易に確認できたのにこれをしなかつたこと、本件不動産の取引価格などを併せ考えると、控訴人には仮に代理権がなかつたことにつき知らなかつたとしても、過失があるというべきである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例